Q 都会と南魚沼地域の納骨、お墓の文字の違いについて?
Q 都会と南魚沼地域の納骨、お墓の文字の違いについて?
A 1.納骨について
都会では、火葬場での収骨はせとものの骨壺に入れて、桐箱に修めます。そしてお墓への納骨は、その骨壺をお墓に修めます。南魚沼地域の収骨は、桐箱の中に直接、お骨を修めます。ですから、せとものの骨壺はありません。そしてお墓への納骨は、お骨を直接お墓の中に入れます。ですから先祖のお骨と一緒になります。お墓の下は土になっていて、お骨が自然の土に返るものだということと、その家の先祖や家族が同じ一族であるということです。こちらでは嫁いできたお嫁さん(他人)のお骨もその家の先祖たちと一緒になってお墓の中に入ります(混ざります)。
2.お墓の文字について
都会のお墓の文字(洋墓の文字は除く)は、「・・家之墓」というのが多いです。南魚沼地域でのお墓の文字は「先祖代々之墓」という文字が多くみられます。これはこの地域では、長男がその家の家督を継ぎ、先祖を守っていくという風習が強いのです。よってそれを繁栄をし、「先祖代々之墓」という文字が多いのです。ですがもう少し在方へ入って行くと墓に「萬霊塔」という文字が多くみられます。これは、巻(苗字が同じ一族)や本家・新宅関係などのお骨を一緒にお墓に納骨する風習から来ています。「萬霊塔」とは、よろずの霊を一緒に修めるお墓という意味なのです。最近では、お墓は家単位で作るようになったので、「萬霊塔」はあまり使われず、「先祖代々之墓」や「・・家之墓」が多くなりました。ですがごく最近では、洋墓を建立する家もあらわれ、墓の文字は多種多用となってきました。